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エリザベートの美貌の秘訣とは

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エリザベートはその美貌で政治を動かし、ハンガリーでは「ハプスブルク家の美の神」と言われたほどでした。

ですが、実際彼女はどのようなことをしていたのでしょうか?

 

 

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エリザベートの1日

エリザベートは朝起きてからまずお風呂に入りました。

水温は暑くても寒くても7度で、冷たい水は肌を引き締めると考えていたからです。

また、湯船に入っていたのはミルクで、ミルク風呂に入っていたとも言われています。

 

その後、30分かけてスキンケアを行います。

当時としては当たり前かもしれませんが、オールオーガニックで、化粧水の後に乳液でパックをしたようです。

 

そして彼女の自慢の長い黒髪。3時間かけて結わせたそうです。

(引用元: 皇妃エリザベート )

洗髪の際は三十個の卵黄とコニャックをブレンドしたシャンプーが使われました。

彼女は自慢の髪の毛が抜けるのも嫌がり、髪の毛が抜けると怒られるために、髪をとかす担当の人は、ブラシに接着剤をつけて床に抜けた髪が落ちたのがバレないようにしていたようです。

 

昼食の時も食べ物に気を使います。

20代の時からベジタリアンになりましたが、子牛の肉をプレスして出てきた肉汁を飲んでいました。

アミノ酸やビタミン、ミネラルを豊富に含み、病人にも効くとされていて、ベジタリアンだったエリザベートが肉の代わりに摂取していました。

他には、野菜をジュースにして飲んだり、オレンジ3つのみ食べたりなど極端なダイエットでした。

牛乳から乳脂肪やカゼイン(牛乳に含まれるタンパク質)などを除去した水溶液「乳清」を飲む方法もダイエットに採用します。

乳清はタンパク質をほとんど含まない代わりにカリウムやカルシウム、ビタミンなどを含み、当時「命の水」と呼ばれていました。そのため乳清作り職人が高給で雇われ、旅先でも欠かさず振舞われていたそうです。

 

そんなエリザベートの昼食後はダイエット運動が待っています。

扉の上に付けられた輪っかに捕まって懸垂したり、アスリート並みの体操をしたそうです。

 

その後、エリザベートの大好きな散歩の時間です。

しかし、散歩といってももちろん普通の散歩ではありません。

この靴底には鉄がついています。

その鉄のついた重い靴を履いて、早歩きで宮廷からウィーン郊外まで約10キロ歩いたそうです。

その速さとハードさにお付きの侍女たちも根をあげたそうです。

 

その後体重測定。

体重測定は少なくとも1日に3回行っていました。

172センチの高身長でありながら、47キロ前後を理想としてキープしていました。

しかし、50キロになってしまった時は、その日の夜会や舞踏会などは全てキャンセル。

ダイエットに励んだそうです。

 

寝る時も美容の時間です。

背骨が曲がってしまうことを恐れて枕は使わず、お腹にはお酢のタオルを巻き、顔には生肉のパックをしていたようです。

 

 

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写真に対する思い

エリザベートは若い時多くの写真を撮らせました。

多くは戦闘ポーズとも言われるのですが、50センチの細いウエストをコルセットでさらにしめたものを強調させるようなポーズです。

(引用元: 皇妃エリザベート )

自らの美しい瞬間を多く残したかったといわれていますが、多くの写真が1人で写っているものです。

 

その後、彼女は美女の写真を集めていきます。

彼女は自らが一番美しくならなければならないと考え、世界各地から約2万5000枚の写真を集めました。

その写真と自分を見比べていたようです。

 

しかし、エリザベートにも1番恐れていた老いがやってきます。

その後は隠し撮りが多くなりますが、その多くは扇や傘で顔が隠されていたものでした。

エリザベートは重い坐骨神経痛に悩まされ、日焼けのせいで顔はシワだらけになっていました。

 

エリザベートはその襲いくる老いに争っていました。

マッサージ、ウォーキング、サウナとそれに続く冷水浴、吊り輪、体操、ダイエットなどに励みます。

食事も、牛乳だけ、卵だけ、オレンジだけなど極端な生活でした。

しかし、ウォーキングの際には日光に肌を照らし、過度な運動で心臓にも負担をかけ、多品目の食品を取らないという誤った美容法が多く、それが彼女のシワやシミを急激に増加させた原因でもありましたし、彼女の美貌を自分自身で奪い去っていってしまっていたのです。

 

 

晩年の喪服

彼女は若い時は美しいドレスに身を包み、自らの美しさを倍増させていました。

また、メイク批判主義でもあり、エリザベートは全くメイクをしていなかったそうです。

メイクは肌をボロボロにする、といっていましたが、それもエリザベートがメイクをしなくても白い肌とキリッとした眉毛に、赤い唇とピンク色の頬を持っていたからなし得たことです。

 

このドレスは特にお気に入りで、戴冠式の時にも着ていました。

 

しかし、息子のルドルフが自殺した後、彼女は全てのドレスや装飾品を親しい人たちに分け与え、生涯喪服を着用します。

 

それは、彼女がもうこれ以上先の人生への希望も全て捨て、オーストリア皇后という立場も捨て、魂まで捨ててしまったということを表しているのだと私は考えています。

 

 

さらに、常に日傘をさし、顔を扇で隠し、写真を拒むようになります。

これは、若い時に行っていた過度な運動と過度なダイエットによるシワや、散歩の時に出来た健康的な日焼けが及ぼすシミなどにより、彼女の肌が老化してしまったということによります。

 

年齢による肌老化は3割なのに対して、残りの7割は日焼けによる肌老化らしいですよ!

みなさんもこれからの季節は日傘必須です!

 

パパラッチたちの写真にも扇で顔を隠した写真が多く残っています。

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まとめ

エリザベートは異常なほどまでのダイエットや美容に対する執着心を持っていました。

 

特にウエストに関しては、エリザベートが妊娠した後、ゾフィーが強制的に膨らんだお腹を皆に見せたトラウマといったこともあったようです。

 

エリザベートが行った過度なダイエットは自らの美しさを奪っていってしまっていました。

今も細いのがいいという考えで、過度なダイエットをする人がいますし、実際私も3ヶ月間スープだけ食べて運動をたくさんしていた時期もあったので少し恐ろしくも考えました。

 

人のふり見て我がふり直せではないですが、これを読んで気をつけてほしいなと思います。

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喜代美

喜代美

(財)日本手工芸作家連合会認定助教授です。第42回創作手工芸展で特別賞授賞を頂き、2017年4月イタリア国際アルテ・ラグーナ賞を受賞したインスタレーションアーティストの木村奈央さんと、初のコラボ作品を展示。大変好評をいただき、刺繍作家としての活動にも精力をそそいでいます

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