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ロココスタイルのファッションリーダーマリーアントワネットの影響力

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前回はロココスタイルというルイ14世からルイ16世の時代のフランスにおけるファッションやその時代のファッションリーダー「マリー・アントワネット」について書いてきました。

ロココスタイルのファッションリーダー/マリー・アントワネットについてはこちらの記事へどうぞ

今回は、マリーアントワネットはなぜ王妃として権力を持てたのかというのをお話をしていきたいと思います。

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マリー・アントワネットはどんな王妃だったの?

まずはマリーアントワネットが美しく魅力的で、お喋りも上手、つまり社交的だったということもあります。

しかし、ルイ16世が愛妻家で愛人に興味がなく、珍しく愛人を作らなかったという事が大きかったようです。

愛人を多く作ることは、その王の権威を象徴するようなよのだったのですが、ルイ16世は全く愛人を作りませんでした。

 

ルイ16世は性的な行為に興味がなかったということもあるようです。

ですから、最初の子供が生まれるのが遅かったのですね。

 

マリーアントワネットは王妃になると同時にファッションに目覚めたため、ファッションリーダーとして多くのドレスを作り、フランスを牽引しました。

しかし、今までだったら公式寵姫に向かうはずだった市民の目が、王妃に向いたことで、公式寵姫が今まで使っていた額よりも少なかったとしても、王妃という肩書きによって、市民たちからの強い反発があったのではないかと思います。

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ロココスタイル時代の理想的なスタイルは?

今みなさんが思い浮かべる理想的なスタイルとはなんでしょうか?

脚が長くてすらっとしている細い女性を思い浮かべる人が大半ですよね。

 

しかし当時の理想的なスタイルはざっくりいうとボンキュッボンです!

そのボンキュッボンを支えていたのがコルセットです。

ロココファッションはコルセットでバストとヒップを強調?

ロココスタイルはコルセットで締めに締めまくっている女性というイメージをお持ちの方も多いと思います。

これは極端な写真になりますが、実際の写真です。

ウエストを締めることによって、バストとヒップを強調できるようになります。

実際に私はコルセットをした事がないのですが、した事のある人の話を聞くと意外と締まるようです。

 

しかし、四六時中このコルセットをしているのは大変ですよね?

骨盤も肋骨も歪むし、内臓を圧迫するので当時は内臓の病気や骨盤や肋骨の病気が流行ったようです😅

 

また、一応それ専用のコルセットもあったようですが、妊娠中も授乳中もコルセットを付けていました。

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日本のファッションとロココスタイルの関係

ちなみにコルセットから一旦解放されたのは革命後のナポレオン時代です。

エンパイア・スタイルというコルセットがいらないスタイルになり、その後1830年代のロマンティック・スタイルからまたコルセットが戻ってきます。

今のようなスタイルになったのは19世紀末から20世紀初頭のフランスにおいて元祖ジャポニズムという新しい芸術思想が流行ります。

 

つまりは日本スタイルの流行です。これによって、ポール・ポワレがコルセットを外した服をデザインします。

これを広めたのがシャネルです。

現在のスタイルに近くなっていきます。

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マリー・アントワネットの身長、ウエスト、バストは?

話は戻りますが、マリーアントワネットは身長154㎝、ウエストは58〜59㎝、バストが109㎝で、これはなんでも着こなせるような理想的なスタイルで、この後また話しますが、マリーアントワネットの専属デザイナーのローズ・ベルタンの創作意欲を掻き立てるスタイルだったようです。

 

その為、多くのファッションスタイルや、流行りを生み出しました。

 

マリー・アントワネットのドレスを作り続けたローズ・ベルタン

オートクチュールの先駆けと言われている、というよりかは私が勝手に思ってしまっているのかもしれませんが、それがマリーアントワネットとローズ・ベルタンのペアです。

(引用元: https://gamp.ameblo.jp/kai211168/entry-12298924299.html )

ローズ・ベルタンはマリーアントワネットが好きな人は知っているのではないでしょうか?

ローズ・ベルタンは第三身分、つまり平民でした。王妃の私室に2人きりで半日以上もこもり、新しいデザインを考えていました。

マリーアントワネットはお針子も多く雇っていました。

そのため、2人はオートクチュールの先駆けだったと言えます。

 

ローズベルタンはマリーアントワネットが即位した時のドレスから廃位するまでドレスを作り続けました。

ここまでマリーアントワネットを魅了して離さなかった理由は、マリーアントワネットが若い時はゴテゴテの煌びやかすぎるほどのドレスを作り続けウエストラインやバストを強調する様なドレスも多かったものの、マリーアントワネットが年をとるにつれて王妃の癒しとなる様に田舎風のゆったりとしたドレスを作るようになり、マリーアントワネットを飽きさせることがなかったということが理由でした。ローズベルタンは王宮で一目置かれるようになり「ファッション大臣」と呼ばれるようにまでなりました。

ドレスだけでなくヘアスタイルも流行らせたマリー・アントワネット

マリーアントワネットが着たドレスの色や身につけたものはどれも一躍人気になり、貴婦人ちはこぞって買い求めました。

 

例えば、マリーアントワネットのグレイッシュなブロンズの髪の色は「王妃の色」と名付けられ流行ました。

また、ローズベルタンが茶色い布の見本を持参した際にその色を見てルイ16世は「蚤の色」と例え、その蚤の色は貴族やブルジョワにまで流行しました。

 

マリーアントワネットが流行らせたのはドレスだけではありません。マリーアントワネットは新しいヘアスタイル「パフ」という髪の毛を高く結い盛る髪型は流行り、またそれに似合うような大きな孔雀の羽をあしらった帽子も流行りました。

 

続きはこちらからどうぞ

フランス革命とロココスタイルの崩壊

 

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喜代美

喜代美

(財)日本手工芸作家連合会認定助教授です。第42回創作手工芸展で特別賞授賞を頂き、2017年4月イタリア国際アルテ・ラグーナ賞を受賞したインスタレーションアーティストの木村奈央さんと、初のコラボ作品を展示。大変好評をいただき、刺繍作家としての活動にも精力をそそいでいます

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