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Office YOKIMA 出産・育児奮闘記

【3人目出産】あえて逆子体操をせずに帝王切開を選んだ私の苦悩

更新日:

先の記事で、普通分娩と帝王切開について書きました。
それを踏まえた上で、私が第三子を産んだ時のことを書きたいと思います。

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妊娠当時当時の状況

以前の記事でも少し書きましたが、末っ子を妊娠する少し前、夫の実家を建て直し、同居をすることが決まっていました。
そのため、工務店に何度か赴き、家の設計についてあれこれ相談していました。
リアルな理由としては、当時は消費税が値上がりするということで、駆け込み新築が多かったそうです。うちもその中にいました。

末っ子を妊娠した時点で、一番上の子は幼稚園の年中、二番目は2歳でした。
出産~里帰り中に、夫の親、自分の親どちらの親に見てもらうとしても、二人同時に1ヵ月面倒を見てもらうというのは難しいことなのは予想できました。
住んでいた家を取り壊すため、義理の母はアパートに仮住まいを始めました。
仮住まいのアパートと我が家、何かあった時は私がいる病院に…と三か所を往復してもらうのはとても気が引けてしまいました。
そのため、一番上は幼稚園に通っているので夫と義理の母、二番目は私の実家で預かってもらうことにしました。


妊娠7か月目くらいから、胎児が逆子である、ということがわかっていました。
第一子も逆子で、逆子体操をしたら戻ったし、第二子も逆子の時期はありましたが自然に戻っていました。
(胎児はお腹の中に余裕がある時はグルグル動くことがあります。妊娠が経過していくと体が大きくなり動き辛くなるので、逆子とわかった時点で体操を始めるのがベターだそうです。ただ、直前でグルン!と戻る場合もあるそうです)

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出産時の一時保育を考える

2歳とはいえ、2番目は活発な子でした。
私の両親は一日中この子面倒を見ていると、1か月後には疲れてしまうだろうな…と感じていました。
そのため今回は一時保育を頼むことを考え、実家に近い保育園を調べて問い合わせました。


第三子の予定日は11月上旬。
短期間の一時保育を受け入れる近所の保育園も見つかりました。
ただし、保育園の行事の関係から「受け入れる条件として、〇月〇日までに申し込みしてもらわなければお預かりすることができません」と言われていました。
そもそも、その日は予定日より前の日にちでした(苦笑)。
何とかお願いして、予定日までは受け入れてもらえるようにしました。

第一子は、予定日より7日遅れで出産し、第二子は予定日より10日遅れたので促進分娩になったことを考えれば、第三子も予定日より後に産まれてくることが予想出来ました。
そして予定日より遅くなると、第二子の一時保育が受け入れてもらえなくなります。
私の母は70歳を越えていました。2番目の面倒を見ながら新生児と私が1ヵ月近く里帰りしたら、かなりくたびれてしまうだろう、それは避けたいな…と思っていました。

帝王切開を決断

 通常、逆子の場合は 逆子体操を勧められます。
一番目の子の時も逆子になったので、逆子体操を一生懸命やっていたら元の位置に戻っていました。


もしも逆子体操をして通常の位置に戻れば自然分娩で陣痛が来るのを待つことになります。
ただそうなると私の場合は予定日より遅くなる可能性があるので、2番目の子の保育園の受付ができなくなってしまう。

・・・もしも何もしなくても普通に戻るのであればそれはそれでもう仕方がないけれど、このまま逆子であることを期待(?)し、手術日がはっきりしている帝王切開を選んで行こうと決め、逆子体操をあえてしないようにしました。

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帝王切開への恐怖

私は健康優良児だったので、結婚前までは病院にもほとんど通ったことがなく、入院や手術と無縁な生活を送ってきました。
手術といえば、その少し前に足の甲の部分にできものができていたので、それを皮膚科で取ってもらったぐらいです。
多くの産婦さんが受けている帝王切開とは言え、手術というものは私にとっては結構怖いものでした。
自然分娩の方が経験している分安心でした。

当然、決断するまではかなり迷いました。

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予定通り帝王切開に

帝王切開か自然分娩かを決めるまでに逆子は治りませんでした。
手術日が分かった時点ですぐに保育園に入園手続きをし、二番目を無事入園させることができました。
そして出産のための準備を始めました。

そんな訳で、三回目の出産はまさに「身を削って」(?)の出産となりました。
帝王切開は、本当に早い。
お腹を切ってから3分くらいで出てきました。
(主治医は「目標〇分」と宣言してから初めていました)

手術台のまわりは、シルバーの壁面収納?なので、手術している姿が鏡のように見えていました。
(お腹辺りは、先生が立って処置をしているので、残念ながら見えませんでした)

手術前の腰椎穿刺では、「絶対動かないでくださいよ~」と言われましたが、チクッとした痛みで「ビクッ」と動いてしまったせいか、術後左足の運動神経が麻痺して、足が動かないので結構焦りました。数日後、麻酔を抜いたら動くようになりましたが、その間は結構不安な日々でした。

片足の自由が利かないと、寝返りもうてないんだということを身を持って体験出来ました。

私が『選んだ』と言っても、お腹の中の子の意思もあるかな~と少し思っています。
無事に産まれてもくれたし、お母さん想いの、家族想いの赤ちゃんだったな、と。
末っ子は今日ものびのびと元気に暴れてくれています(^^;)

最後に~どうしても伝えたいこと~

自然分娩と帝王切開、両方を経験した人間としては「帝王切開が 子どもへの愛情が薄くなる」「 苦しんで産んでこそ母親だ」というようないわゆる「迷信」「偏見」は間違いだと確信しています。

そもそも、母子ともに安全に産むために選んだ手段なので、そのお母さんに対しては責任がありません。
そして帝王切開で産んだからといって愛情に差が出ることもありません。
漫画『 コウノドリ』にもありましたが、そういった迷信めいた話や「自分は自然分娩しか経験していない」ゆえの偏った話は信じなくていいと思います。

むしろ帝王切開で産んだ時は、お腹を切っているわけですから、産後の肥立ちはとても辛いものがありました。
膿んで化膿して熱を出す知り合いもいました。
(※その方も上にお子さんがいた上に転勤族だったので、産後ゆっくりできかったのだと思います。)
一年前後は手術痕が痛かったり、痒くなったりしたので、汗をかく時期は苦労しました。

そういったことを知らずに言う人の言葉は無視していいと思います。

 

最後と書きながら、2個ほどこぼれ話を(笑)。

末っ子の出産~こぼれ話 その1~

末っ子を出産当時、引っ越しの荷物を片づけたりしていたので、切迫早産になりかけました。

当日の当番医の先生(担当医ではない)に、すごくすごく怒られました。

「今いる子ども達も大切だと思うけど、お腹の赤ちゃんのことも考えて!」と。ごもっともです。
「出産まで入院だよ。もう逃げられないよ(ニヤッ)」と言われ、「ひえ~」となりました。

帝王切開予定日まで2週間以上ありました。

当番医の先生の言うことももっともだ。
家にいてしまえば、絶対動かざるを得なくなる。
夫やお義母さん、うちの両親に迷惑かけるけど、それしかないのかな?と思いながらも、出産準備が何も出来ていないことに焦っていました。
(上の子の日常の準備の引継ぎ、二番目の子の一時保育の準備がまだ整っていませんでした)

次の日、担当医に呼ばれました。また怒られるかとドキドキしていました。
担当医「YOKIMAさんは、入院したい?退院したい?」

私「へっ?私が決められるものなんですか?」

担当医「〇〇先生は、先生の考え方で仰っていて、それは間違いじゃないけれど。僕としてはもう赤ちゃんも大きくなっているし、ギリギリまでお腹の中にいた方がいいとは思うけど、いつ産まれても大丈夫な時期に入っているからね。それに上のお子さんいるから、ご家族が大変でしょ?家からも近いし何かあったらすぐ病院に来てもらえれば、いいと思っていますよ。どうしますか?」

私「退院したいです!」(即答)

という訳で退院出来ました。
結局やらなければいけないことは変わらないけど、少しゆっくり動く事にしました。

末っ子の出産~こぼれ話 その2~

実は帝王切開の予定日は、1番目の子の運動会の前日でした

・運動会に母親である私が行くことができないこと
・夫に頼まなくてはいけないこと
・一番上の子は多分、私がいないと不安がるので、おばあちゃんにも頼まなければいけないかもしれないこと

これらのことから、帝王切開の日を言われてすぐに、
 私「すいません。その次の日が娘の運動会なので遅らせてもらうことはをできませんか?」と聞くと、

担当医「そんな理由で変更はできませんよ。」とあきれたように言われました(--;)。

 

当日は、義母と夫の弟(前日に夫の会社で大きなトラブルがあり、連日で対応に追われることとなり、カメラ係をお願いした)が運動会の最初から、途中から仕事の都合をつけて夫が運動会に行ってくれました。

経験された方はわかるかもしれませんが、幼稚園や保育園、小学校の運動会って同じような帽子や服を着た子どもとそれを見守る保護者がわんさかいるので、撮影にはそれまで経験と我が子を見つける力がかなり重要です。
現に去年の小学校の運動会で、ダンスの種目で夫は子どもを見つけられず、しばらく別の子を撮っていました・・・。

そんな訳で、初めての撮影機器、同じ格好をした子ども達の中から姪っ子を探すのに苦労しているのがよくわかる映像でした。
夫が仕事先からの電話が入り、急に慣れないビデオカメラ操作を義母に任せた間、映像が空を向いて揺れていました…。

唯一、子どもの運動会を観ることができない年でした。


でも、みんなそれぞれで頑張ってくれたので、感謝はあっても文句を言うことはとてもできず…(夫にはやるせなさを伝えましたが)その年の運動会は少しほろ苦い思い出です。

小さい店でも経費をかけずに売上は上がる!自営業の奥さま、応援します!【オフィスよきま】

自営業の妻はパート?フルタイム?それとも事務をやった方がいいの? 大事なのは、「家の仕事の売上をあげること」と考えます。 現在、夫の仕事をサポートしている立場から【自営業の妻が売り上げに貢献する方法】について発信していきます。自分のやりたいことができた時にも応用できるかも…。 チラシ・LPの制作も行います。

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yokima.K

両親も、両親の実家も自営業。そして、自分自身も30代初めで整体師として開業。 しかし当時は紹介だけで過ごしていたので、自営の知識なく、サラリーマンの夫と結婚。 7年後、なぜか夫も自営業を始めることとなり、家計が大変なことに。 2017年1月より「商売人の学校」の前身「MSD増田塾」で経営の勉強を始める。 ちょっと視点を変えるだけで、出来ることがたくさんあることを知る。 年間売上は、学ぶ前(2016年)と学んだ後(2017年)では1.7倍増に。 子ども3人。趣味はドライブ。車内で歌を歌うこと。

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