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Office YOKIMA 出産・育児奮闘記

出産場所の選び方。3人共違う病院で出産した経験からの感想と比較。

更新日:

あなたはどこで出産しますか?① の続きです。

出産場所にはそれぞれの特徴があります。
さらに個々の病院・産院の特徴もあります。
私も、当時は結構調べました。
周りにもどこで出産したのか?どうだったのか?も聴きました。
行きたい産院に予約の電話をしたら、もういっぱいで入れないと言われたこともあります。

その結果、実際の出産は、こんな感じになりました。

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私が選んだ出産場所

1人目、総合病院で出産

理由

最初は友人の強い推薦(「助産院はいいよ~」)から、助産院を考えていました。
しかし、初産が34歳。

「いくら健康に恵まれていても出産に関しては年齢に関わる部分は大きいのではないか?」
「助産院は緊急の際に対応してもらえるのか?」

夫にとっても最初の子ども。
普段はおおらかな性格ですが、さすがに慎重な意見を出してきました。

そして、私の両親、夫のお母さんからも「総合病院の方がいいんじゃないか?」という意見。
私の両親は、兄二人が結婚していないし、私も結婚するとは思わなかった(笑)そうなので、孫を半ば諦めていました。
でも、周りが孫の話をすると、平気なフリして物凄くうらやましかったそうです。

夫は、結婚前から私よりも子どもが欲しいと願っている人でした。

この時に「出産は自分のことだけではないんだな~」と感じました。
両親には色々迷惑もかけてきたし、苦労も知っているし、夫の希望は、夫自身が叶えることはできない。
それまでの人生は、ほぼ自分のことしか考えてきませんでしたが、
「出産は親孝行だ」
「この人(夫)ができないことなら、自分がやるしかない」と思い、夫の会社から近い総合病院に決めました。

1人目を総合病院で出産した感想

・切迫早産の疑いで1日入院することもあったので、夜間に行けるのは安心でした。
・微弱陣痛で出産まで19時間かかりました。赤ちゃんが疲れてきたということで促進剤を投与しました。
・なんとか無事出産。初めてつくしで、面白い反面戸惑いもたくさん。

・4人部屋にいましたが、赤ちゃんがほとんど寝ない。周りも疲れているだろうから、ちょっと泣くたびに授乳室に駆け込みました。
・うちの子がようやく寝ても、周りの子が泣くと起きてしまう…。もう授乳室にずっといようか?と思うくらい病室と授乳室を往復しまくりました。
・授乳室では、近い日同じ日に産まれたママさん達と談笑しながら授乳の練習や、体重計測をしていました。
・助産師さんには、優しい助産師さんもいれば厳しい助産師さんもいて、泣いてるママさんもいました。
・母乳育児に力を入れている病院だったので、あまり出がよくなかったり、諦めてミルクを飲ませてしまうと注意されているママさんもいました。
(この辺は、出産直後で体調の変化も激しい上に寝不足なので、みんな結構グロッキーでした)

私にとっては、同室の方に気を遣ってしまったのが一番疲れたので、「若くないし、次がもしあったら絶対個室にする!夫が『高い』と言ったらキレてやる!」くらいの気持ちがあった以外は、病院に特に不満はなかったです。
ご飯は…「病院の食事だしな~」という納得の仕方でしたw。

祝い膳です。

2人目、分娩施設のある個人病院で出産

理由

一番目が1歳を過ぎてすぐに妊娠がわかりました。
そこから、少しずつうちの実家に泊まることを練習しました。
泣き虫で相当甘えん坊なので大丈夫かな?と心配した結果、自宅と実家の中間くらいにある個人産院を選びました。
もしも上の子が寂しがって泣いた時、親がすぐに連れてこれるところがいいと考えたからです。
分娩費用は、調べたところ高めでしたが、ちょうど出産一時金の上限が上がった年でもあったので、オーバーはしなかったと記憶しています。

分娩施設のある個人病院で出産した感想

総合病院を体験している身としては「豪華!」の一言でした。

予定日よりも10日遅れたので、前日入院の促進分娩でした。
全室個室の病院ですが、入院日はたまたま普通の部屋が満床で、普通料金で「特別室」になりました。
部屋の中にシャワーもあるし、広い。
出産まで、優雅な気分で過ごせましたw。

翌日8:30から促進剤投与。
前回が微弱陣痛だったので「本当の陣痛の波はすごいよ!」と言われ震え上がっていました。
促進剤が合わないと、陣痛の波が強すぎて子宮が破裂する・・・といった怖い情報も頭にあったので、事前準備はしっかりしていました。
陣痛の波がきても、「きっと本当の波はこんなもんじゃない」と深呼吸で過ごしていたら、助産師さんに「そろそろ陣痛が来てもいいころなのに・・・ちょっと内診してみましょう」と言われて立ち上がった途端破水。分娩室に入って内診したら8cm開いていました。
助産師さんが慌てて「これくらい開いているんだったら、普通もっと痛がりますよ!もう~」と言いながら各方面に連絡して、出産の準備を慌てて始めました。
そこから約20分。無事出産しました。

部屋は普通の個室に移りました。
お母さんが体をゆっくり休めてほしいという目的から、母子同室ですが希望したら預かってくれたのでよく眠れました。
(注:一人目は早く育児になれたくて、あまり預けずに頑張ってしまいました)
食事も・・・豪華!


何日目かは、その時期に出産したママさん数人と食堂に集まってフランス料理風。
(注:総合病院にも祝い膳ありますよ)
部屋食もほとんど写真に収めました(^^)。
そして、入院中に1回、病院内でフェイシャルエステの特典。

個人産院でも違うと思いますが、総合病院と「こうも違うのか・・・」と衝撃でした。
ちなみに、一番目は1週間お泊りしても、ほとんどぐずらなかったそうです。

3人目、総合病院(自治体)で出産

理由

その頃、夫の実家の家を建て替えていよいよ同居、という話になっていました。
何回か工務店さんと打ち合わせしている最中に妊娠がわかりました。
実家の解体が決まり、義母は近くのアパートへ。
一番目は幼稚園に通っていたので、産後は義母と夫で一番目をみてもらい、二番目はうちの親に頼むことに決めました。
義母が動きやすいためにも、病院は自宅・義母のアパート・実家から一番近い総合病院に決めました。

ちなみに妊娠判明と妊婦定期検診は、3人とも子どもが通う園の近くの産婦人科で行い、途中から分娩する病院に転院する形をとりました。

総合病院(自治体)で出産した感想

3人目でもあるし、上二人の対応で精一杯の状態でしたので、「〇〇先生だと待ち時間がすごくかかります。もうすぐこの病院を辞める先生だと、受け持ちの患者さんが少ないので、待ち時間が少ないですよ」という案内に「では、その先生でお願いします」と即決。
待ち時間は緊急帝王切開が入れば半日待ちもあります。
少しでも待ち時間を短縮したかったです。
3人目は逆子が直らなかったので、予定帝王切開でした。
帝王切開前に「僕はこの手術がこの病院での最後の帝王切開です」と言われ「はぁ、そうですか」と答えるしかありませんでしたw。
帝王切開を終えてすぐにその先生は転院されたので、後半は別の先生でした。

部屋は、個室の空きが中々なくて、3日間は4人部屋、残りの数日は個室になりました。
こちらの病院は、母子別室で、授乳の時だけ授乳室に行ってた記憶があります(私の後は母子同室になったと聞いています)。

一人目と同じ総合病院でも、そこまで母乳を強く勧めていなかったし、私も「帰ってからが本番だ」と思っていたので、ゆっくり休ませてもらいました。
大部屋の間は、麻酔が抜けなかったので、身動きがとれない反面、身体を休める時間は多く取れました。
看護師さんと周りの人の会話が筒抜けなので、隣の方が私の年齢の約半分と知り、ちょっと思うところがありました^^;。

(食事の写真が全く残っていませんでした…。必要な栄養を計算してのことだと思いますが、ご飯が出た後に追加でパンが出てくることがありましたw。
動いていないので、食べにくかった思い出があります)

ちなみに当時、小さい子は産婦人科病棟に入れませんでした。
病棟の外の待合室で、面会に来た上の子と会いました。

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なぜ、助産院や自宅出産を選ばなかったか?

一人目に書いたような理由です。
初産の年齢が高かったこと。
3人通じても何回か切迫早産になっていたこと。
出産は自分だけの問題ではないんだな~と感じていたこと。
子どもにとって、サポートしてくれる周りの人にとって、何が最善かで選んでいました。
もっと若かったら、周りの反対も少なかったかもしれないので選んでいたかもしれません。

まとめ

私の実家は同じ市内であったこと、私自身が基本「無事に生まれてくれればどこでもいい」と思うタイプなので、周りの事情に合わせて産む場所が変わりました。
人によっては、産む場所やバースプランを大事にする方もいらっしゃいます。
(分娩中に好きな曲をかけてくれていたようですが、…全然わかりませんでしたw)
ただ、しっかり調べても、こうしたいと思っても、その通りにならないのが出産だと思っています。
そして、大事なのは「無事に生まれてくること」「産んだ瞬間より産まれた後のこと」だと思います。
生活が一変しますからね…^^;

また、二人目、三人目は「出産時に誰が上の子を見てくれるのか?」で違ってくると思います。
周りのママ友さんも、それぞれのご事情で産後頑張っておられました。
その辺りも今後書いてみようと思います。

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yokima.K

両親も、両親の実家も自営業。そして、自分自身も30代初めで整体師として開業。 しかし当時は紹介だけで過ごしていたので、自営の知識なく、サラリーマンの夫と結婚。 7年後、なぜか夫も自営業を始めることとなり、家計が大変なことに。 2017年1月より「商売人の学校」の前身「MSD増田塾」で経営の勉強を始める。 ちょっと視点を変えるだけで、出来ることがたくさんあることを知る。 年間売上は、学ぶ前(2016年)と学んだ後(2017年)では1.7倍増に。 子ども3人。趣味はドライブ。車内で歌を歌うこと。

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